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USMCAにおける自動車原産地規則 (1)

平家正博・箱田優子 Blog, Global Trade, ONESOURCE October 31, 2018

今回は、トムソン・ロイター ソリューション コンサルタントの箱田より、西村あさひ法律事務所の平家弁護士にお話をうかがいました。平家弁護士は、今年秋まで、経済産業省通商機構部国際紛争対策室で2年2ヶ月にわたり、国際経済紛争及び通商交渉の担当として、新興国の保護主義的な措置や、米国のトランプ政権の通商政策及びそれに端を発する各国の通商政策などへの対応をされており、事務所復帰後の現在は、一般企業法務に加え、政府や企業を代理し、アンチダンピングやセーフガードなどの貿易救済措置やその他の外国の貿易関連措置への対応、通商交渉への法的アドバイスなど、国際通商法に関する分野でも活躍されています。(以下、敬称略)

1.USMCAについて

箱田:10月1日、「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA: United States-Mexico-Canada Agreement)」(以下、「USMCA」)の条文案が公表されましたが、今日はこのUSMCAに規定されている自動車に関する原産地規則について、お話をうかがいたいと思います。よろしくお願いします。

まず初めに、USMCAに関して、概略をお教えいただけますでしょうか。

平家: はい、ご指摘のとおり、2018年10月1日、米国通商代表部(USTR: United States Trade Representative)から、USMCAの条文案を公表されました。なお、本日のコメントは、この条文「案」についてのものということで、ご承知おき下さい。

USMCAは、1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)を修正するものとして、合意がなされましたので、修正版NAFTAとも言えます。NAFTA及びUSMCAは、よく紙面にも出てくる自由貿易協定(FTA)の一つであり、米国・カナダ・メキシコが、関税などの貿易制限的な措置を一定の期間内に撤廃・削減することを約束した協定です。米国トランプ大統領は、大統領選挙の期間中より、NAFTAは米国に被害をもたらす協定であるとして、その見直しを主張していましたが、USMCAは、米国トランプ大統領の公約を実現するものとして位置づけられます。

2.USMCAにおける新自動車原産地規則の概要

(1) 新自動車原産地規則の意義

箱田: トランプ大統領は、USMCAの意義のひとつとして、新自動車原産地規則の存在を指摘していますが、まず、この新自動車原産地規則は、米国にとってどのような意義があるか、また日本企業にどのような影響があるのか、簡単に教えていただけますでしょうか。

平家: 詳細は後ほどお話しますが、一言で申し上げれば、今回の新自動車原産地規則は、米国市場への無税での輸出を餌に、自動車会社や自動車部品会社などが、米国内で自動車や自動車部品を製造したり、米国製の自動車部品を購入するインセンティブをより生じさせる規定と言えます。これを裏返せば、グローバルなサプライチェーンや北米・メキシコを一体の経済圏としてサプライチェーンを構築している日本の自動車関連企業にとっては、どの地域で投資を行い、どの地域で組立て、原材料や部品を調達するかの意思決定に大きく影響を与える可能性があります。

また、米国は、現在、日本及びEUとも通商交渉を行っていますが、今後、新自動車原産地規則に含まれる要素の一部を、日本やEUにも受け入れるよう求めてくる可能性も否定できません。その意味で、新自動車原産地規則についての理解を深めることは、北米事業だけでなく、その他地域の事業との関係でも、今後重要となってくる可能性があります。

箱田: ありがとうございます。それでは、USMCAの新自動車原産地規則に関して、概略をお教えいただけますでしょうか。

平家: 新自動車原産地規則の内容は、USMCA第4章のAnnex4-BのAppendixに規定されています。乗用車についてご紹介しますと、USMCAの域内原産品として、米国市場へ無税で輸出されるには、①域内原産割合(RVC: Regional Value Content)、②北米産鉄鋼・アルミニウムの購入義務、③労働価値割合(LVC: Labor Value Content)を満たす必要があります。なお、小型・大型トラックについても別途規定が設けられていますが、ここでは省略します。

(1) 域内原産割合

箱田: それでは、それぞれについて、具体的におうかがいできますでしょうか。まずは、域内原産割合とは何で、USMCAではどのように規定されているのでしょうか。

平家: 域内原産割合とは、簡単に言えば、ある産品の価値全体に占めるFTA締約国内で付加された価値の割合を定めた基準です。FTAにおいて、通常の原産地規則に拠ると、部品等のほとんどをFTA締約国域外で製造し、締約国域内では組立てなど僅かな工程しか行われない産品にまで、FTAによる関税撤廃の利益が及びかねません。これを回避するため、通常、FTAの締約国は特恵原産地規則を定め、FTAによる関税撤廃の利益を享受する条件として、締約国域内で少なくとも一定の加工や付加価値が加えられることなどを求めています。特に自動車分野においてはこのような手法が広く採用されてきました。

USMCAの規定について述べると、完成車としての乗用車については、まず純費用方式(net cost method)で75%の域内原産割合を満たす必要があります。また、一定の部品(エンジン、トランスミッション、車体・シャーシ、車軸、サスペンションシステム、ステアリングシステム、先進バッテリー)が北米産である必要があります。

箱田: 乗用車の部品については、いかがでしょうか。

平家: 乗用車の部品についても、基幹部品・主要部品・補完部品の区別に応じて、それぞれ域内原産割合の基準が設けられています。

箱田: 従前のNAFTAの域内原産割合と比べ、どのような差異が生じると考えられますか。

平家: 従前、乗用車は62.5%の域内原産割合を満たせば、域内原産品として取り扱われましたが、USMCAはこの基準を引き上げています。その結果、乗用車の生産者は、新しい域内原産割合を満たすため、今まで以上に、北米、すなわち、カナダ、米国、メキシコでの部品調達を強いられ、北米以外で製造された自動車部品は、不利な状況に置かれることとなります。

(2) 北米産鉄鋼・アルミニウムの購入義務

箱田: それでは、次に、北米産鉄鋼・アルミニウムの購入義務についておうかがいしたいと思いますが、これについてはいかがでしょうか。

平家: USMCAは、北米産鉄鋼・アルミニウムの購入を域内原産品として認められるための条件としており、乗用車の生産者が前年に購入した鉄鋼及びアルミニウムの70%以上が北米産である場合、この条件を果たしたと認定されるようです。

箱田: これにも何か背景があるのでしょうか

平家: ご存知のとおり、米国トランプ政権は、2018年3月23日から、通商拡大法232条に基づき、鉄鋼(25%)及びアルミニウム(10%)の輸入に対して追加関税を課しています。この要件は、従前のNAFTAの自動車原産地規則には存在していなかった新しい要件ですが、乗用車の生産者に、北米産鉄鋼・アルミニウムを購入するインセンティブを付与することで、通商拡大法232条に基づく追加関税と同様、米国の鉄鋼・アルミニウム産業の保護を狙った規定だと考えられます。

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