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Tax & Accounting Blog

自由貿易を脅かすトランプ政権の通商政策とサプライチェーン

Akira Shioi Blog, Global Trade, ONESOURCE February 1, 2018

2017年秋口以降、日本を取り巻く通商交渉に多くの動きが見られます。そこで、自由貿易の通商秩序を脅かす米国トランプ政権の通商政策と製造業のサプライチェーンへの影響について考えてみました。

日本の通商戦略は米国を牽制できるか
2017年7月に大枠合意した日EU経済連携協定 [1]、2017年11月大筋合意が政府から発表され2018年3月にも協定締結の道筋が決まったTPP11[2]、更にはRCEP[3]や日米経済対話。 4つの交渉をセットにして同時に進めていく「4方面作戦」とする通商分野で権威ある有識者の小論文[4]も出ています。これら日本が関わる自由貿易協定(FTA/EPA)の動向を元に、政府間の対話を効果的なコミュニケーションチャネルとして活用し、日本はトランプ政権の保護主義的な動きを変えることができるでしょうか。

現在までのホワイトハウスの動向を見る限り、そのような脅しというか牽制に対して普通人の常識に沿った平均的な対応をとることがないのがドナルド・トランプ大統領個人の本領であり、現政権の本質に思えます(いい意味でも悪い意味でも)。そもそも彼が大統領選に「勝ってしまった!」のは、貧富の差拡大、マイノリティを優遇するアファーマティブプランの弊害、グローバリゼーションによるオフショア生産拡大による米国企業の海外生産加速などによりもたらされた白人層の没落や失業など、2016年大統領選挙当時から2017年そして現在のアメリカを包む、社会の低迷がその背景に重たく横たわっているからとも言えるでしょう。包囲網や牽制などの通商交渉面での手立てにより、"America First" をお題目に掲げる政権トップの意向を汲んだ通商政策を、国際協調と自由貿易へ転換させることはかなり難しいだろうと私は見ています。

地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定からの離脱宣言に対し、複数の州政府や有識者が反発し、合衆国連邦政府とは別に「州政府としてパリ協定を順守、推進する」動きがあるようです。[5] 合衆国憲法のもとで州レベルによる反ホワイトハウス的な通商政策は出てくるか。しかし外交と通商は州憲法の範疇(権限)から外れており、明確に合衆国憲法(連邦政府)のガバナンス下にあります。ですからパリ協定で起きているような良識ある州政府や権威筋による揺り戻し的な反応が、通商面で活発化することはなさそうです。当面は各業界団体による通商面のロビーイングに期待したいところです。

トランプ政権の動向とNAFTAの行方
 ホワイトハウスは335億ドルにも上る対中貿易赤字[6]ならびにNAFTA協定の不利益を目の敵にしています。自動車産業で米国産品ローカルコンテンツを主張するなど、NAFTA圏内(カナダ、メキシコ)の通商環境はこれからも逆風が続くでしょう。1/21~29第6回のNAFTA交渉会合がモントリオールで開かれました。米国は原産地規則の変更(域内原産比率の引き上げに加え、米国製部品の使用率50%という新基準の導入)を主張と伝えられています。最悪はNAFTA離脱すら辞さない、としている政権が今後とりうる選択肢は、①主張を譲歩してでも交渉の妥結を目指すか、②交渉期限である2018年3月末を過ぎても交渉を継続するか、③NAFTA離脱を宣告するか、の3通りがありうると考えられますが、先日のダボス会議演説や大統領所信表明演説をみる限り、全く予断を許しません。[7]

日本メーカーを取り巻く事業環境の変化とリスク
80年代に世界の製造業を席巻した Japan as No.1 、その反動から米国内の激しい「日本たたき」が起こったことは対象となった業界人の記憶にいまだ鮮明に残るところです。保護主義的な圧力があからさまになった当時、スーパコンピュータが通商摩擦の目の敵(スーパー301条の対象)にされ、また半導体では86年から日米半導体協議が始まり、日本のユーザー企業は大幅な米国製半導体製品の輸入目標を設定するという半ば強制的な輸入拡大にさらされて苦難する結果を招きました。保護貿易的な政治介入により、日本を代表する大手企業が強烈に事業活動を縛られるというインパクトを招いた日米通商上の歴史があります。これを負の遺産(反面教師)として日本政府は、米国の後ろ向きの通商戦略と圧力を抑止あるいは回避できるように日米経済対話などのチャネルで強い対応を取ってほしいところです。

また一方では、米国シリコンバレーに代表されるハイテク企業やベンチャーの隆盛には相変わらず目を見張るものがあります。今年1月ラスベガスで開催のCES(家電ショー)では、GoogleやAmazonなどがAIスピーカー(*今後家庭内の機器を音声などで制御するAIソフトは、De facto Standard競争の対象)で大々的な広告キャンペーン合戦を繰り広げました。ITの巨人たちがこぞって家電(を制御するソリューション)や自動車分野に進出してきています。米国現地生産を行う日本のカーメーカーは今や、前門の虎(トランプ政権の Made in America 回帰)、後門の狼(Tesla MotorやGoogleなどのEVや自動運転技術等、破壊的イノベーションによる新規参入企業との厳しいDe Facto競争)におかれています。折しも、トヨタとマツダが近年提携関係を強め、最近アラバマ州に共同で生産工場を立ち上げることを発表しました。Made in America, America First の雇用環境改善にはプラスですが、NAFTA交渉の行方次第ではリスク含みとも言えましょう。

最後にFTA/EPAによりグローバル化が各地で進展していく今、製造業最大の関心事は、海外市場向け事業における生産・調達から販売までのサプライチェーン戦略と思われます。製造活動と製品提供で他社と差別化する新たな知恵やイノベーションを絞り出す必要があります。走りながら海外向けマーケティングと税務戦略を含む総コスト変革を同時に行う。そのようなアジャイルな経営スタイルへと早急に企業体質をトランスフォームしていかないと、今後の生き残りは難しいと感じます。

そこで重要なこととして、民間企業にとって政府間交渉によるFTA/EPAが事業コスト改善に結びつかなければどうなるかです。FTAによる関税削減より、生産拠点のグローバルな規模での大胆なシフト、あるいは新車デザイン・EV技術の開発アライアンスの促進強化など、開発費や製造原価の低減策へ経営の優先順位が移ることは容易に想像できます。NAFTA協定見直しの主導を意図し、またTPP11への再参入宣言で条件変更交渉でのポジショニング確保を狙うトランプ政権の今後の動き、そして製造業のサプライチェーン戦略の行方からは目が離せません。

Source

    [1] 2013年交渉スタート、2017年7月大枠合意。日本とEUは世界のGDPの3割弱、人口の1割、世界貿易の4割近くを占めるメガ経済圏。現在最大規模の自由な先進経済圏となる。関税撤廃や投資ルールの整備等を通じて両国間の貿易・投資を活発化し日本の成長戦略を後押しする意図による包括的で高いレベルの協定。21世紀モデルになるとともに、日本とEUが自由貿易の牽引役として世界に範を示すメッセージになる。
    [2] 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定参加国のうち、米国を除く11か国(TPP11)による「包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」が2017年11月10日、大筋合意に至った。2018年3月の調印を目指している。
    [3] 2003年中国の提唱により始まった東アジアの広域経済圏構想。「東アジアの地域包括的経済連携」(RCEP)。RCEPは五つのASEANプラス1 FTAを統合させた地域大のFTAを目指す構想。日本が推進するCEPEA (東アジア包括的経済連携構想,ASEAN+6)と中国が推進するEAFTA (東アジア自由貿易圏構想,ASEAN+3)を含めたもの
    [5] 【ロサンゼルス】トランプ米大統領のパリ協定離脱発表を受けて、米西部カリフォルニア州のブラウン知事や、東部ニューヨーク州のクオモ知事は1日、パリ協定の目標達成に取り組む州で構成される「米国気候連合」の創設を発表。トランプ政権との対立を鮮明にした。ロサンゼルス市やニューヨーク市、ピッツバーグ市など米国の50以上の市も声明を発表し、再生可能エネルギーなどへの投資拡大を今後も継続していく方針を示した。(出典:産経ニュース http://www.sankei.com/world/news/170602/wor1706020048-n1.html 他、各種報道機関による)
    [6] 米国の対中貿易赤字;2017年7月の貿易収支赤字額は前月比0.3%増の436億8900万ドルで、市場予想446億ドルを下回った。貿易が第3・四半期に国内総生産(GDP)を押し上げる方向に働くことを示唆した。政治的に問題になることが多い対中貿易赤字は3.0%増の335億5600万ドルと、2016年8月以来、11カ月ぶりの高水準となった。(米商務省2017/9/6発表)
    [7] NAFTA離脱の場合、他締結国に文書通知し6か月後に協定から離脱できる。国際協定上の手続きは済むがアメリカ国内法上はもう少し複雑になっており、離脱とともに失効する規定もあれば、離脱に関わらず効力が残る規定も存在すると指摘される。また、協定離脱後もNAFTA税率が1年間は維持されるとの規定もあるため、その後は関税が上がりWTOの最恵国待遇(MFN)税率に戻るという予測が一般的。